R.シューマン:交響曲第1番 変ロ長調『春』
長く続いたコロナ禍を抜け、日本でもようやく演奏会を楽しめる「春」が訪れた。この交響曲『春』も、結婚を反対する親との法廷闘争の末に、ようやくピアニストであった妻クララと結婚できたシューマンが、結婚からまもない1841年に、幸福の絶頂の中で、わずか4日間で書き上げたことで知られる作品である。つまり、彼の人生に「春」が訪れた作品なのである。
シューマンといえば、ピアノ曲や声楽曲を知る人が多いだろう。実際、初期にはほとんど交響曲は書いていない。1810年6月8日、ドイツのライプツィヒの南にあるツヴィッカウで、出版業を営む裕福な家庭の5人兄弟の末っ子として生まれた。幼少期から音楽と文学に親しみ、詩作や作曲の才能も豊かだった。だが、16歳で父が亡くなり、生活の安定を考えた母の希望でライプツィヒ大学に入学して法学を学ぶ。それでも、音楽への思いが捨てきれず、高名なピアノ教師に弟子入りしたが、指を痛め、ピアニストの夢を断念せざるを得なくなった。恋愛を繰り返しながらピアノ曲を作り続けたが、最愛のクララとの結婚は彼女の父が許さず、離れさせられ、ついに裁判に踏み切る。結婚が認められた1840年は、あふれ出るように「詩人の恋」「女と愛の生涯」など百数十曲もの歌曲を生みだし、「歌の年」とも呼ばれる。
そんな中、結婚から半年足らずの1841年1月23日から書き始めたのが、この交響曲第1番『春』である。当時はまだ無名だった詩人、アドルフ・ベットガーから寄せられた1編の詩の終わりにある「変えよ おんみのめぐりを変えよ 谷間には春が 萌え出ている」(訳)という言葉に喚起されて、作曲したとされている。実際、各楽章には『春のはじまり』『夕べ』『楽しい遊び』『春たけなわ』という標題がつけられていた(後に削除された)。わずか4日間で書き終えた曲を、友人のメンデルスゾーンの元に持参し、意見をもらい、修正や改訂を繰り返した。そして、3月31日、クララが企画し、メンデルスゾーンの指揮で、ゲヴァントハウスの音楽家たちの年金基金の慈善公演としてこの曲が初演され、成功をおさめた。
それ以降も、管弦楽の作曲に奮起し、1841年は「交響曲の年」とも呼ばれるが、残念ながら今日も交響曲の作曲家としては評価されていない。交響的書法を熟知していなかったことが指摘されるが、ピアノ曲や歌曲の影響も一因だと捉えることもできるだろう。
ほかにも忘れてならないのは、父の死の翌年にベートーヴェン、2年後にシューベルトが亡くなり、シューベルトの机上にあった交響曲『ザ・グレイト』を彼が見つけ、世に出したことである。それも、交響曲の作曲へ繋がったとされている。評論家としても活躍した彼は、ショパンの才能をいち早く見いだし、バッハ全集の出版を呼びかけ、若き日のブラームスを発掘するなど、音楽史上に大きな成果を残したことも申し添えておきたい。
第1楽章 Andante un poco maestoso. Allegro molto vivace
38小節の導入部と、それに続く477小節の主部からなる。ホルンとトランペットによるユニゾンで、主部の第1主題が予告される。その後、このリズムを用いた導入が行われ、テンポを速めて主部に入る。主部はソナタ形式で、直ちに弦楽器によって第1主題が提示される。その後、木管楽器によって第2主題が提示される。この第2主題のモチーフがイ短調とへ長調の2種類で作られることがシューマンらしい。展開部は5つの部分に分けることができ、1つ目は第1主題によるもの、2つ目は木管楽器による対位旋律である。3つ目は1つ目とほぼ同一の構造で、4つ目で転調、変ロ長調に入る。その後、冒頭の音形が戻ってくる。終結部は新しい旋律に対して導入部の音形で第1楽章を締めくくる。
第2楽章 Larghetto
3部形式で書かれるが、主要な主題は1つしか存在しない。この旋律がヴァイオリンやチェロ、ホルンとオーボエ、最後にトロンボーンにより演奏され、第3楽章へと続く。
第3楽章 Scherzo. Molto vivace. TrioⅠ/TrioⅡ
2つのトリオを持つスケルツォ。ニ短調のスケルツォと変ロ長調の中間部を持つ3部形式である。第1トリオは、ニ長調であり、和声的な主題のリズムが全体を通じて使われる。第2トリオは、変ロ長調であり、音階的な主題が展開される。その後、3回目のスケルツォを通してコーダに入る。ニ長調でスケルツォの一部と第1トリオが回想された後、第1トリオの動機により締めくくられる。
第4楽章 Allegro animato e grazioso
短い序奏の後、ソナタ形式の主部に入る。序奏部の音形とリズムは第1楽章の主題との関連が認められる。主部に入ると、第1主題がヴァイオリンにより提示され、展開されていく。その後、第2主題は2つの部分:木管楽器による弱奏の部分と弦楽器による序奏部の音形に分けられる。第2主題が短調で繰り返された後、再び第1主題が現れる。その後、比較的短い展開部を通して再現部に入る。提示部と同様に演奏されたのち、加速しながら終結部に入る。
(Ob.2 大塚岳)
*参考文献
○Schumann Symphony No.1 B-Dur スコアブック(Eulenburg/Zen-On)
○作曲家別名曲解説ライブラリ23「シューマン」(音楽之友社)