「我が祖国」全曲解説 -2 第1曲 「ヴィシェフラフト」(高い城)
~予言者のハープが語り始める。それはヴィシェフラフトの出来事、勝利と栄光、合戦と戦争、そして没落についての、予言の歌(Bardengesang = 吟遊詩人の歌)である。曲の最後は、安感に満ちた調べ(Nachgesang der Barden =吟遊時人の後唱)で閉じられる。予言は異教徒の時代のヴィシェフラフトの起源から始まり、災難、合戦、婚礼、祭り、戦い、戦争、その他のさまざまな出来事を経て、要塞の陥落までを語る。これら短い言葉で説明されたすべてが、母国人以外も含むすべての人々にとって、ヴィシェフラフトとは何か、またこの作品のなかでどのように描写されているのかを、十分に物語っているだろう。~
※スメタナが曲を出版する際に出版社に宛てた手紙より。明確に意図を伝えるためか、ドイツ語の挿入も確認されている。
建国の聖地、ヴィシェフラフト
ヴィシェフラフトとはチェコのモルダウ川沿いにそびえる岩山のことです。古代の伝説によると、前述した歌劇「リブジェ」のモティーフにもなったチェコ建国の女神リブジェと彼女の夫プシュエミスルの王朝の玉座のあった場所でもあります。チェコ民族の国家の建国の聖地であり、現在この高台には国家に功労のあった人々の墓地があります。スメタナのほか、彼とともにチェコを代表する作曲家ドヴォルザークや作家のチャペック、画家のミュシャなどが眠っています。
曲の構成
曲は、チェコの伝説に出てくる吟遊詩人の音楽を表した2台のハープによるカデンツァに始まります。(譜例1ー1)これがヴィシェフラフトの主要モティーフです。
冒頭二音が“B♭-E♭”ドイツ音名では“B-Es(エス)”となるこのモティーフは、“B-S”すなわちスメタナのイニシャルを音にしたものです。続いて「我が祖国」全体のライトモティーフともいえる重要な主題(譜例2)がファゴットとホルン、次いで木管の全合奏で奏されてチェコの栄枯盛衰が描写されます。
これは歌劇「リブジェ」にも登場する、城の門を表す主題です。ヴィシェフラフトがチェコにおいていかに重要な場所であるかが伺える描写です。二つのモティーフが展開され、やがて堂々とした全合奏で最初の山場を迎えます。これら2つのモティーフは曲全体で重要な役割を果たすもので、変形を繰り返しながら何度も登場します。
曲が静まり返り、しばらくすると弦楽器の不穏な合奏が始まり曲想は一転します。これは主要モティーフの変奏であり、外敵との戦乱を表したものと考えられています。(ここから先の部分でスメタナが具体的に何を思い描いていたのかは定かではありません。解釈の一例になります。)このモティーフはやがて長調の重みある全合奏に変わり、勝利が示されます。(譜例1-3)
管楽器にファンファーレ風のフレーズ(譜例1-4)が登場し、祝祭的な音楽がしばらく続きます。戦いの勝利を祝う儀式や華麗な行進など、なんらかの記念行事を表現したものでしょう。このファンファーレは、サブ・モティーフを変形したものです。
その後曲はハ長調に転じ、マーチ風の歓喜に満ちた力強い合奏とともにクライマックスを迎えます。(譜例1-5)これも主要モティーフを変形したものになります。
しかしこの歓喜の時も束の間、戦いの音楽と下降する和音により城の崩壊が描かれます。木管楽器により、先ほどのマーチを短調化した旋律が奏され、寂しさの中に消えていきます。
ここでハープとホルンにより冒頭のモチーフが暖かく再現されます。モチーフは木管楽器、弦楽器にも引き継がれ、懐古的な曲想はいつの間にか希望に満ちた威厳あるものへと変わっていきます。最後の山場を迎えると曲は穏やかになり、城の栄光が人々の記憶のなかに永遠に生き続けるであろうことを強く確信させて曲は終わります。
(Vn.4 森 雄一朗)