「我が祖国」全曲解説 -6 第5曲 「ターボル」
スメタナ / 連作交響詩「我が祖国」全曲解説 リンク集
~この曲はフス党の戦いの讃歌 「汝ら、神の戦士らよ」によって作られている。この歌はフス党の栄光と不屈の戦いを表現している~
※スメタナが曲を出版する際に出版社に宛てた手紙の一節より
フス教徒の聖地、ターボル
この曲と次のブラニークは,宗教戦争時代のフス教徒の英雄的な戦いを称えたものです。ターボルというのは、15世紀の宗教改革者ヤン・フスの志を継ぐ人々の拠点となった、ボヘミア南部の町の名前です。ヤン・フスはもともとカトリックの聖職者で、チェコ語で祭儀を行ったことで当時の支配者であるドイツから睨まれ、また教会の腐敗を批判したため、最後は異端とされ焚刑にされます。フスの教義は当時から、ドイツ人に支配されていたチェコ人の民族意識とも強く結びついており、ターボルはチェコの民族復興の聖地となっていました。フスの死後立ち上がったフス教徒たちはカトリック協会とドイツ出身の国王に反抗し一時はターボルに民主的な政府を樹立しましたが、結局は歴史上名高い敗北を喫しチェコの暗黒時代が始まることとなりました。これ以来「ターボル」という言葉はチェコでは「革新的な抵抗」を意味する言葉にもなっています。
賛美歌「汝ら、神の戦士らよ」
「ターボル」と「ブラニーク」に何度も引用されているのが、フス党賛美歌「汝ら、神の戦士らよ」です。この讃美歌は、ドヴォルザークの劇的序曲「フス教徒」でも引用されており、チェコのフス教徒の人々にとって非常に重要なものとなっています。讃美歌の冒頭からラストまであらゆる箇所が本曲に登場します。特に、最後の部分の歌詞が「勝利を得るだろう」となっていることに注目しておきましょう。この部分の旋律がどのように使われるかがこの2曲を理解する上での重要な鍵となります。
YouTubeの讃美歌の音源はこちらです:"Ktož jsú boží bojovníci" - Czech Hussite Song
曲の構成
暗然たる中世時代を表象するかのような低減の半音下降の伴奏の上で、ホルンが薄気味悪く讃美歌の冒頭による動機を繰り返し演奏します。この動機はやがて力を増していき、戦いを予感されるような力強いものになります。(譜例5-1)
アクセントで力強く演奏されるこの動機は、技巧的にはベートーヴェンの『運命』のリズムを応用していると言われています。『運命』では第4楽章で前途洋々な曲想になり絶頂のまま曲が幕を閉じますが、その動機を参照することで、チェコ民族の「最終的な勝利」を暗示しているのかもしれません。この動機は全編を通してしつこく何度も繰り返されることになります。フス戦争とフス教徒の不屈の精神を象徴しているかのようです。
その合間で木管楽器により讃美歌の中間部「神の御加護を祈り、神を信じたまえ」の旋律が、文字通り祈りを捧げるように優しく奏でられます。(譜例5-2)
この優しい祈りの旋律が2度目に登場したのち、全合奏で讃美歌の結論部「汝はついに神とともに勝利を得るだろう」が堂々と演奏されます。(譜例5-3)
ただしこの時はまだ勝利は現実のものではなく、この全合奏は「輝かしい未来を予感させるもの」といったニュアンスのようです。直後に、この音型を引き継いだ、ベートーヴェンの『運命』的な主題がもう一つ登場します。(譜例5-4)
祈りの旋律が回帰したのち、再びこの『運命』的な主題が戻り、アレグロの戦闘的な激しい音楽がしばらく続きます。フス教徒たちの長年の戦いを表しているようです。
曲の最後では冒頭の力強い動機が戻り、勝利には至らぬまま曲は終わります。しかし、最後まで動機の力強さが衰えることはなく、フス教徒たちの不撓不屈の魂が強調されていることは覚えておきましょう。彼らの戦いは最後の曲「ブラニーク」へと続きます。
(Vn.4 森雄一朗)