「我が祖国」全曲解説 -4 第3曲 「シャールカ」
スメタナ / 連作交響詩「我が祖国」全曲解説 リンク集
~恋人に裏切られたシャールカは全男性に復讐を誓う。シャールカはわざと木に縛り付けられ、敵のツティラト騎士の助けを乞う。ツティラトがシャールカに気を取られている間に、男性軍は全員酔いつぶれさせられる。合図とともに女性たちが現れ、男性兵士を虐殺してしまう。~
※スメタナが曲を出版する際に出版社に宛てた手紙の一節より
シャールカとは、古代チェコの伝説上の女性指導者の名前であり、その物語の内容は上記のスメタナの手記の通りです。この物語と結びつき、プラハ西に位置する起伏の激しい森林地帯も「シャールカ」と呼ばれています。
本曲で描写されているのは手記にある部分のみなのですが、せっかくなのでその前後の伝説の物語についても触れておきましょう。
チェコの伝説の物語
概要のページでも触れたように、「我が祖国」は、同時期に作曲された歌劇「リブジェ」はチェコ王朝の建国についての物語で、女王リブジェの語る国の英雄や指導者たち、そして国や人々にもたらされるであろう輝かしい未来の予言で締めくくられます。リブジェによる建国物語の詳しい解説はまたの機会に譲るとして、このリブジェの「予言」に注目してみましょう。
~ヴルタヴァ川のほとりの丘に城が聳える様子が見え、その城は栄光は天まで届くほどだ。そこに行けば森の中で鴨居(práh)を作っている男がいて、それにちなんで城の名を百塔の街プラハ(Praha)としよう。~
伝説によれば、人々は予言に従って城を築き、これによってプラハとプラハ城の歴史が始まったのです。第1曲「ヴィシェフラフト」で描かれたのが建国の物語でリブジェの玉座のあった城、第2曲「ヴルタヴァ」で描かれたのが予言にも登場しプラハの歴史の起点となったヴルタヴァ川でした。そして今回取り上げる第3曲で描写される女性指導者「シャールカ」は、伝説でリブジェが亡くなった後に登場する人物です。
乙女戦争の開幕
偉大なる女王リブジェの亡き後、彼女の夫プシェミスルによってチェコは辛うじて平和を維持していました。しかし、リブシェの侍女たちはすっかり人々から尊敬を失い、男たちに見下されるようになってしまいました。女たちは憤慨し、権力と復讐のために立ち上がります。かつてリブジェの侍女頭だったヴラスタの指揮の下で「ヂェヴィーン」という新城に集結し、男たちはそこから少し離れたヴィシェフラフトに籠ります。プシェミスル公は女たちを侮る男たちに警告しましたが彼らは聞く耳を持たず、ついにヂェヴィーンへ進軍します。これが「乙女戦争」の始まりです。油断していた男たちに女たちは騎馬に乗って襲い掛かり、彼らは城へ近づくことすらできないという有様でした。基本的には女性優位の戦いが続きますが、ヴラストの軍を手こずらせたのがツチラトという若者です。このツチラトを亡き者にするようヴラスタから命じられたのが、今回の主人公、美しく勇敢な女傑シャールカです。(ようやく登場しました笑)
シャールカの活躍と男たちの逆襲
ここでシャールカが繰り広げるのが、冒頭の手記に書かれた復讐劇です。罠にはめられた彼は残酷な姿でヂェヴィーン城の近くで晒されたといいます。
その後、ツチラトの死を知った男たちはヂェヴィーン城を目指し、道中で女たちを片っ端から殺しました。反撃体制も整わずヴラスタも殺されてしまいます。リーダーを失った女たちは路頭に迷い逃げ惑いますが、問答無用で皆殺しにされ、最後は城に火が放たれ乙女戦争は悲劇の幕を閉じます。プシェミスル一人が国を統治する時代が訪れ、伝説の物語は次の時代へと進んでゆきます。
乙女戦争はラストこそ悲劇ですが、シャールカの謀略は特に有名な場面です。本曲以外にも、ヤナーチェクやフィビフの歌劇の題材となっており、チェコの人々なら誰もが知る物語なのです。
※これらの伝説は出典により多少の違いがあります。ここで示したのは一例です。
曲の構成
さて、それではシャールカの物語が曲でどのように描写されているのかを見てみましょう。
曲の冒頭から強烈な悲劇的な主題が登場しますが、これは怒りに燃えたシャールカの姿です。(譜例3-1)
このシャールカの主題は曲中で変形を繰り返しながら何度も登場します。シャールカの怒りは限界に達し、音楽はさらに激しさを増します。彼女は男たちへの復讐を誓うのです。(譜例3-2)
直後に一旦音楽は落ち着きを見せますが、これはシャールカの悲しみの表現ではないでしょうか。(譜例3-3)(シャールカの感情表現は、スメタナが細かく説明していたわけではないので、解釈は多数あります。)
場面は変わり、ヴァイオリンによる行進曲風のフレーズが登場します。こえが馬に乗ったツチラトの部隊です。(譜例3-4)この先の音楽は、シャールカとツチラトの二つの主題を変形・対比して行くことで物語を描写しています。
クラリネットのソロが身体を樹に縛りつけられた彼女の泣き声を表現します。これも先ほど触れた、シャールカの主題の変形になります。(譜例3-5)
彼女美しさに魅せられた部隊長のツチラトは縄を解き、彼の求愛をチェロが歌い上げます。(譜例3-6)これはツチラトの主題の変形になっています。(曲全体を通して、クラリネットはシャールカ、チェロはツティラドと結びつけて使用されています。)曲は幻想的な雰囲気へと変わり、二人の愛の場面が情熱的に描かれます。
すっかり油断した男達はシャールカが仕込んでいた酒で華やかに酒盛りを始めます。(譜例3-7)
陽気な酒宴の場面は最高潮を迎えたのち徐々に静まり、不協和なファゴットの音が泥酔したツチラトのいびきを描写します。その様子を見届けたシャールカは角笛(ホルン)を吹いて仲間に攻撃の合図を送ります。(譜例3-8)
クラリネットのソロが忍び寄る仲間たちを表し、彼らが到着すると曲は急展開します。襲撃の劇的な音楽とともに男たちの残酷な死が描かれるのです。逆襲の音楽が頂点に達したところでファゴット、チェロ、トロンボーンにより最後のツチラトの主題が演奏されます。(譜例3-9)シャールカに騙された自らの愚かさを悟った彼の死の叫びです。
曲は勢いを保ったままラストのクレッシェンドを駆け上がり、スッパリと終わります。
(Vn.4 森雄一朗)