「我が祖国」全曲解説 -7 第6曲 「ブラニーク」
スメタナ / 連作交響詩「我が祖国」全曲解説 リンク集
~戦いのあとフス教徒たちはブラニーク山に避難し、故国の人々を救う機会をうかがっている。フス教徒の歌の中には幸福と栄光、開放に溢れたチェコ王国の復活があり、この勝利の行進曲で「我が祖国」全曲は締めくくられる~
※スメタナが曲を出版する際に出版社に宛てた手紙の一節より
フス教徒の霊地、ブラニーク
前曲に引き続きフス教徒、チェコ民族の戦いを描いた曲です。ブラニークとはボヘミア中部と南部の境界にある深い森に覆われた山の名前です。伝説によれば、10世紀前半に外敵からチェコ民族を守るために戦ったチェコ王ヴァーツラフ一世と彼に率いられた兵士たちがこの山に眠っているといいます。ヴァーツラフ1世と騎士たちは、チェコが4つ以上の軍から攻め込まれた時(4方位から攻め込まれた時)、長きにわたる眠りから覚めるという言い伝えもあります。スメタナは民族守護の聖人がまつられたこの山を、フス教徒たちの霊地に見立ててこの交響詩を作曲したのです。
曲は5つの場面、「ブラニークへの退却」「農村の間奏曲」「苦しみと絶望(最後の戦い)」「平和の到来」「栄光の復活」から構成されていると考えられます。一つずつ見ていきましょう。(解釈には文献によって多少の差異があります。)
ブラニークへの退却
前曲「ターボル」ではフス教徒の戦いと不撓不屈の精神が力強く描かれましたが、勝利には至りませんでした。
冒頭から、前曲から引き継いだフス党の動機が4回反復されます。第4小節で安定した調性が崩れますが、これはフス教徒の挫折を描写しているかのようです。ここでフス党の戦いが新たな主題として登場します。(譜例6-1)絶望の淵に立つ彼らはなおも戦いをやめずに、民族守護の聖地ブラニークへと向かうのです。前曲の動機と新しい主題は重なり合いポリフォニックに展開され、緊張感のある音楽がとなります。
農村の間奏曲
一段落すると、牧童の吹く笛、シャルマイ(オーボエの前身となった古楽器)をイメージしたオーボエの羊飼いのモティーフ(譜例6-2)が穏やかな休戦の時の到来を告げます。
オーボエとホルンが広野での長閑な掛け合いを繰り返します。オーボエの相方が牧歌を奏で、平和時のボヘミアを理想郷として描写します。(譜例6-3)ホルンやファゴットによる合いの手を加えたこのパストラールは木管楽器群の見せ場です。
絶望と苦しみ、最後の戦い
この休息を再び戦禍が襲い、映画のクライマックスのような一段と緊張感の高い音楽が登場します。(譜例6-4)
ヴァイオリンを中心に民衆の絶望と苦しみが描かれ、ついに「最後の戦い」が始まります。(譜例6-5)
戦いの最中で、ホルンとトロンボーンが讃美歌の結論部「汝はついに神とともに勝利を得るだろう」の頭の部分を奏し、勝利が間近にせまっていることを予感させます。その直後でホルンがこの勝利の旋律を完全な形で奏し、麗らかに勝利の到来を告げます。戦いの音楽は遠くへと消え、平和が訪れるのです。
平和の到来
戦いの場面で最後に演奏された勝利のコラールがホルンに引き継がれ、クラリネットから始まるヘ長調の穏やかな行進曲として描かれます。(譜例6-6)平和が訪れたことによる人々の喜びの感情が写し出されるのです。
その後何度かの回想や迷いを繰り返しながらも、勝利の行進曲は最後は全合奏による壮大なニ長調のコラール(譜例6-7)へと発展し、「確信的な勝利」に到達します。譜例は第1ヴァイオリンですが、これだけ見てもこの場面の壮大さが十分伝わってきます。
栄光の復活
さて、演奏時間が1時間を優に超える「我が祖国」もいよいよ終わりを迎えます。
トランペットとトロンボーンが、第5曲冒頭から登場した讃美歌冒頭の動機を高らかに奏し、それと一体化して木管楽器と弦楽器が第1曲「ヴィシェフラフト」のモティーフを歌い上げます。(譜例6-8)第5曲で勝利をつかみ取れなかったチェコ民族の不撓不屈の魂は、ベートーヴェンの運命交響曲のごとく、ついに歓喜のファンファーレに生まれ変わるのです。
その直後、木管楽器と弦楽器が伸び伸びと奏するヴィシェフラフトのサブ・モティーフが聞こえ、全合奏になるとその上で金管楽器が最大級の強さでヴィシェフラフトのモティーフを鳴らします。(譜例6-9)この場面はまさに、チェコの伝説の始まりであるヴィシェフラフトでの「リブジェの予言」が現実のものとなった瞬間と言えるでしょう。
最後は、これら主要主題の変形からなる壮麗なコーダで曲は結ばれます。
チェコ民族の歴史は、新たなる希望とともに次の時代へ受け継がれるのです。
7日間におよぶ長大な連載でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
5月21日にはYouTubeで当楽団の演奏動画が公開されますので、そちらもぜひご視聴ください。
(Vn.4 森雄一朗)
≪参考文献一覧≫(全曲解説)
平林直哉 スメタナ:連作交響詩「わが祖国」 スメターチェク/チェコフィルハーモニー管弦楽団 CD付属解説 コロムビアミュージックエンタティメント 2003年
藁科雅美 スメタナ:交響詩全集 ノイマン/チェコフィルハーモニー管弦楽団 CD付属解説 日本コロムビア 1985年
ジョン・クラプハム 石川亮子訳 オイレンブルク・スコア スメタナ「わが祖国」第1曲ヴィシェフラド 総譜付属解説 全音楽譜出版社 2007年
ジョン・クラプハム 石川亮子訳 オイレンブルク・スコア スメタナ「わが祖国」第3曲シャールカ 総譜付属解説 全音楽譜出版社 2007年
稲田泰 モルダウ:連作交響詩「我が祖国」第2曲 総譜付属解説 日本楽譜出版社 2020年
John Clapham / Edition Eulenburg / Smetana „Má Vlast“ No.6 Blanik / Eulenburg / 2007
John Clapham / Edition Eulenburg / Smetana „Má Vlast“ No.4 From Bohemia’s Fields and Groves / Eulenburg / 2007
アロイス・イラーセク著 浦井康男訳 チェコの伝説と歴史 北海道大学出版 2011年
西原稔 歴史を彩った名曲たち #20 チェコ国民主義 スメタナ/わが祖国 (アクロス福岡HP寄稿記事)
金子建志 スメタナ:連作交響詩《我が祖国》の楽曲解説 (千葉フィルハーモニー管弦楽団HPより)
Wikimedia Commons (画像引用限)