ワセオケ クラシック風説書:vol.6
ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調作品68『田園』
こうも家から全く出られないとなると自然が恋しくなります。街中に住んでいるとそれは最早「渇望」です。ああ田舎に行きたい。いや来てくれるな、Stay Homeだ…分かっているのですが行きたい。ではせめて音楽で。
「森の中は恍惚たり」
ベートーヴェンは自然を深く愛していました。彼は田園地帯のハイリゲンシュタットに安らぎを求め、幾度となくその地を訪れています(かの有名な遺書もここで書かれました。交響曲第2番の項をご覧ください)。そこでの生活からインスピレーションを受け、1808年、38歳の時に作曲されたのが交響曲第6番「田園」“Pastorale”です。
『田園』を作曲するベートーヴェン
伝統と革新
ベートーヴェンの交響曲は主にその革新性が注目されますが、実は伝統を意識した箇所も多分に見られます。この第6番も、「性格交響曲」という古典派の伝統に根ざしたジャンルを踏まえて書かれました。「性格交響曲」とは物事の具体的な描写から、漠然とした概念まで様々な「キャラクター」を表現したものです。その中からは「描写音楽」と呼べる作品も登場しました。
描写音楽の代表的なものにはユスティーン・ハインリヒ・クネヒトによる「自然の音楽描写」がありますが、5楽章構成や各章に付された標題がほとんど同じであるなど、「田園」とも多くの共通点が見られます。実際ベートーヴェンもこの作品を知っていたようです。
描いたのは「感情」
しかし、ここで重要なのはベートーヴェンが「田園」を単なる描写音楽ではなく、「絵画描写というよりも感情の表出」であると強調していた事です。これは、従来の安直な描写音楽に対するベートーヴェンのアンチテーゼと捉えられます。また、直接的な描写音楽は低俗だという識者の批判や、純粋な器楽が至高とされた風潮を作曲者が気にしていたという面もあったようです(実際、この作品は明らかに自然描写的な部分を含んでいます)。ベートーヴェンの交響曲の初演は成功とは言えないものが多かったため、その辺にはナイーブになっていたのでしょう。当時の書簡やスケッチにはしつこいまでに「これは単なる描写音楽では無い」との旨が記されています。ちなみに「田園」の初演は大失敗でした。
しかし、この作品が音楽界に与えた影響は大きく、ベルリオーズの「幻想交響曲」などに代表される「標題音楽」誕生の布石になったとも考えられています。
楽曲解説
作品は全5楽章で構成され、それぞれの楽章には標題が付されています。第1楽章「田舎に着いた時に人の心に目覚める心地よく晴々とした気分」は、交響曲第5番と同じく導入部なしに始まります。よく第5番と「田園」は、製作時期を共にするが対照的な性格を持つと言われます。しかし、この開始や1つの動機の強調、展開部の大きな広がり等、意外にも多くの共通点が見られるのが面白い所です。第2楽章「小川のほとりの情景」ではのどかな情景に木管楽器による3種類の鳥の鳴き声が聴こえ(何の鳥か…は是非聴いてみてください)、第3楽章「農夫たちの楽しい集い」のユーモラスなスケルツォを経て第4楽章「雷雨、嵐」へ一気になだれ込みます。やがて嵐は止み、晴れた空に響くフルートにより導かれた第5楽章「牧人の歌。嵐の後の慈しみに満ちた、神への感謝と結びついた気持ち」で平和に全曲を終えるのです。
最近は天気の悪い日も多く、さらに気分が滅入りがちになります。しかし、音楽の世界にはのどかな田園風景が広がっているのです。途中雷雨もやってきますが、止まない雨はありません。その日を楽しみに、私は明日も家から、もとい布団から一歩も出ずに過ごそうと思います。
おすすめ音源
エーリヒ・クライバー/アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団(1953年)
Spotify:(トラック番号1-5)
Apple music:
https://music.apple.com/jp/album/beethoven-symphony-no-6-pastoral-in-f-major-op-68-brahms/540370169
クラウディオ・アバド/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 (2000年)
Spotify:(トラック番号5-9)
Apple music:
https://music.apple.com/jp/album/beethoven-symphonies-nos-5-6/1452558398
(Vn.2 山本大地)