「我が祖国」全曲解説 -5 第4曲 「ボヘミアの森と草原から」
~これはチェコの田舎の印象記である。チェコの森と草原には喜びも悲しみもあり、心に深い感慨をもたらす。ここでは四方八方から、陽気な、あるいは憂鬱な歌が木立や草原から響き渡り、森、賑やかで肥沃なエルベ河畔、その他いろいろな場所が祝福されている。この作品から、人々がどのようなイメージを抱いてもかまわない。~
※スメタナが曲を出版する際に出版社に宛てた手紙の一節より
ボヘミアの印象的な風景
シャールカの物語性のある音楽から一変し、情景描写的な標題音楽に戻ります。しかし「ヴルタヴァ」(モルダウ)とは異なり、作品全体を貫く描写的、物語的なつながりが見られません。スメタナ自身による説明の記録もいくつか残っていますが、抽象的な言葉に留まっています。ベートーヴェンの田園交響曲に似た性格の音楽で、「ボヘミアの風景を眺めたときに人の心を満たす感情を表現したもの」と言えるのではないでしょうか。
言い換えればこの曲は「誰でも自由に解釈できる曲」です。一人一人が思い思いの風景に浸りながらゆったりと聞くことができる、間奏曲的な存在とも言えるかもしれません。
曲は3つのパートに分かれ、それぞれボヘミアでの「平原の風景」「森の風景」「農民の営み」を描いています。
平原の風景
冒頭は草原を吹く風を暗示するような、ゆらゆらとした、ややもの悲しいメロディで始まります。(譜例4-1)自然と人間の「生命が溢れる風景」をイメージさせるものではないでしょうか。本曲で登場するモティーフはほとんどがこの部分の派生形になっていて、それゆえに場面が変わっても曲の統一感が保たれるしかけになっています。
哀愁漂う旋律(譜例4-2)をクラリネットが奏でた後、オーボエとファゴットがト長調の安らかな歌を歌います。(譜例4-3)牧歌的で暖かみのある木管楽器のアンサンブルは、自然の中で暮らす人々ののどかな暮らしを映し出しているようです。この部分については、スメタナ自身は「まるで無邪気な田舎娘が出かけていくかのようだ」と言っていたようです。これらはいずれも冒頭の平原のモティーフを基礎にした派生形です。
森の風景
3/4拍子に転じ、場面は森へと移ります。弱音器をつけたヴァイオリンになごやかなメロディが現れ、低弦やファゴットも加わりフーガとなります。(譜例4-4)そよ風になびく枝のざわめきにも聞こえますし、鳥たちのさえずりにも聞こえます。
フーガが一旦落ち着くと、ホルンによって森を表す主題がゆったりと演奏されます。(譜例4-5)風の声、あるいは狩人の角笛でしょうか。
やがて先ほどのフーガが戻ると森の主題とともに展開され、フル・オーケストラで山場を迎えます。雄大な自然の合唱が聞こえてくるような、壮大で神秘的な場面です。(個人的に我が祖国で一番好きなところです。笑)
農民の営み
農民の営みを描写する第3部は、収穫や婚礼などを思わせる陽気な祭りのポルカを中心に展開されます。
このポルカは、最初は静かなる森の主題の変形を挟みながら、2小節ずつイ長調、ハ短調、変ホ長調で暫定的に始まります。その後、弦の重厚感ある合奏で基本調であるト短調のポルカが始まります。(譜例4-6)このポルカも平原のモティーフの変容になります。
躍動感ある舞曲は怒涛の盛り上がりを見せます。ト長調になった主題は、クラリネットとファゴットによる変ロ長調のもの、フルート、オーボエ、ファゴットによるト長調のものと新しい形で再登場し(譜例4-7)華やかさが増して行きますが、弦楽器の伴奏にはポルカのリズムが持続しています。
そして曲は勢いを保ったままコーダへと突入します。
コーダ
コーダの冒頭では、第2部のフーガに登場した弦楽器の3連符のリズムの上で、第3部の舞曲の新型を木管楽器が軽やかに奏でます。このまま曲は煌びやかなエンディングへ一直線、、、と思いきや静けさが帰ってきます。クラリネットとファゴットが静かに、哀愁に満ちた森の主題を歌い上げます。突如として劇的な音楽に戻り、第1部から第3部で登場した様々な主題が晴れやかな音楽のなかで再現されていきます。第1部のクラリネットの哀歌が再現されるところで一旦落ち着きを見せますが、瞬く間に祝祭的な音楽が戻ります。トランペットのファンファーレを伴うラストは、リブジェの予言のような、未来への強い希望を感じさせます。
(Vn.4 森雄一朗)