楽団紹介
History & Members
歴史・人物
人物紹介
山岡 重信
当楽団OB。元ニュー・フィルハーモニー千葉常任指揮者、日本大学芸術学部研究所教授。学生指揮者、常任指揮者、音楽監督として1980年に退任されるまでほぼ30年の長きにわたり指導的な役割を担われ、当楽団の発展に大きく寄与されました。2022年6月20日に91歳でご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
大友 直人

海外のオーケストラにも客演。コロラド交響楽団、インディアナポリス交響楽団、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団などに招かれ、欧米での活躍にも大きな期待が寄せられている。また、2001年7月に、フィルハーモニア管弦楽団の日本ツアーで同団を指揮、2012年にはハワイ交響楽団のオープニングコンサートを指揮し、絶賛を博した。
数多くのソリストと共演しており、例えばヴァイオリンのG.シャハム、A.デュメイ、F.P.ツィンマーマン、J.ベル、J-J.カントロフ、S.ミンツ、ヴィオラのG.コセ、Y.バシュメット、チェロのM.ブルネロ、D.ゲリンガス、ピアノのR.ルプー、A.ワッツ、B.L.ゲルバー、I.モラヴェッツ、J.-Y.ティボーデ、C.カツァリス、J.-F.コラール、C.オルティーズ、H.グリモーらがいる。J.カレーラスのサポートでも絶賛を博した。常に多くのアーティストから再び共演を請われている。
オペラにも力を入れており、1988年、日生劇場における《魔弾の射手》でのオペラデビュー以来、《オルフェオとエウリディーチェ》《リゴレット》《魔笛》《忠臣蔵》などを指揮し、高く評価されている。
2006年には、2月に新国立劇場でのオペラ《愛怨》(作曲:三木稔、台本:瀬戸内寂聴)を東響と共演で指揮、6月に東響と京響の合同演奏で、東京・京都の両都市でシェーンベルク:「グレの歌」を指揮。また、2006年7月イタリアで開かれたプッチーニ音楽祭では三枝成彰作曲オペラ《Jr.バタフライ》を指揮し、大いに注目を集めた。
また、東響定期演奏会で黛敏郎《古事記》エルガー《神の国》《使徒たち》《ゲロンティアスの夢》を指揮、2011年の東京文化会館50周年記念フェスティバル記念オペラでは、黛敏郎《古事記》の日本初の舞台上演をし、大きな話題を呼ぶとともに、高く評価された。
レパートリーは幅広く古典から現代音楽に及び、20歳の時の初レコーディング以来数多くのCDがリリースされている。最新CDは東京交響楽団との共演で『佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」』が日本コロムビアよりリリース、大きな話題となった。
クラシックと他のジャンルとのコラボレーションによる新たな音楽シーンを発信している。クラシック専用ホールである東京文化会館でポピュラー・コンサートをプロデュースしたり、既成のジャンルや表現形式に捉われない新しい形の舞台芸術をプロデュースするなど、音楽プロデューサーとしても新しい音楽シーンを牽引している。
近年では教育的活動にも力を注ぎ、「こども定期演奏会(東京交響楽団)」を行うほか、国際音楽セミナー「ミュージック・マスターズ・コース・ジャパン」を盟友である指揮者A.ギルバートと毎年開催するなど、活発な活動を行っている。
第8回渡邊暁雄音楽基金音楽賞(2000年)、第7回齋藤秀雄メモリアル基金賞(2008年)を受賞。
当楽団1982年ドイツ演奏旅行および1986年ヨーロッパ演奏旅行随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。
高関 健

桐朋学園大学在学中の1977年にカラヤン指揮者コンクールジャパンで優勝。翌年同大学卒業後、ベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミーに留学、1985年までヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務めた。
1981年タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタイン、小澤征爾らに指導を受け、同年ベルゲン交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。
1983年ニコライ・マルコ記念国際指揮者コンクール第2位。1984年ハンス・スワロフスキー国際指揮者コンクール優勝を経て、1985年1月に日本フィル定期演奏会で日本デビュー。1991年にはN響定期公演に出演して絶賛を博し、1994年“プラハの春国際音楽祭”“ウィーン芸術週間”を含む群馬響ヨーロッパ公演を成功に導いた。
日本のオーケストラはもとより、ウィーン響、オスロ・フィル、デンマーク国立放送響、ベルリン・ドイツ響、クラングフォーラム・ウィーン、プラハ放送響、ケルン放送響などに客演。
広島響音楽監督・常任指揮者(1986~1990年)、新日本フィル正指揮者(1994~2000年)、大阪センチュリー響常任指揮者(1997~2003年)、群馬響音楽監督(1993年1月~2008年3月)、札幌交響楽団正指揮者(2003年~2012年3月)などを歴任。
2009年11月にはピエール・ブーレーズの京都賞受賞記念ワークショップに出演、ブーレーズ氏からもその演奏を絶賛され、また2010年12月には小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラのニューヨーク公演「ブリテン:戦争レクイエム」 で小澤氏をサポート、その熱演を支えた。
オペラにも精通し、2011年2月には新国立劇場オペラ公演「夕鶴」を指揮。
渡邉曉雄音楽基金音楽賞(1996年)、齋藤秀雄メモリアル基金賞(2011年)を受賞。
東京芸術大学音楽学部指揮科招聘教授。
当楽団1986年ヨーロッパ演奏旅行、1989年ワールド・ツアー、1992年世界演奏旅行随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。
山下 一史

984年桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学、86年デンマークで開かれたニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで優勝。
85年12月からカラヤンの亡くなるまで彼のアシスタントを務め、以後、デンマーク放送交響楽団などを指揮、着実にヨーロッパでの実績を重ね、93年から98年までヘルシンボリ交響楽団(スウェーデン)の首席客演指揮者を務めた。
日本国内では88年NHK交響楽団を指揮してデビューを飾り、以後、国内の主要オーケストラに定期的に出演し、好評を得ている。オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクター(91年~93年)、九州交響楽団の常任指揮者(96年~99年)を歴任。
また、大阪音大ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団常任指揮者(02年~08年)を務め、2005年秋には、新国立劇場より松村禎三《沈黙》公演が招待され、東京の音楽界にも衝撃を与えた。2008年4月より同団名誉指揮者就任。
2006年4月からは仙台フィルハーモニー管弦楽団より指揮者として迎えられ、R.シュトラウス「英雄の生涯」、リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」、シューマン:交響曲第2番・交響曲第4番などのCD制作も行うなど積極的な活動を展開、2009年4月からは同団の正指揮者に就任。
2008年9月に行われた愛知県文化振興財団主催によるヴェルディ「ファルスタッフ」の公演においても大きな成果を上げ、「第17回三菱UFJ信託音楽賞」を受賞、2009年4月にはサンクトペテルブルク交響楽団定期に出演し、大成功を収めた。また、2011年2月にはシューマン「ゲノフェーファ」日本舞台初演を行うなど、現在、オペラ、オーケストラの両面において着実な成果を積み上げている指揮者として、ますます注目を浴びている。
当楽団1989年ワールドツアー、2009年ヨーロッパ公演、ヨーロッパツアー2012随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。
寺岡 清高

早稲田大学第一文学部卒業。桐朋学園大学を経て、ウィーン国立音楽大学、イタリア・シエナのキジアーナ音楽院で学ぶ。
1997年同音楽院より「フランコ・フェラーラ大賞」を授与され、1年間ジャンルイジ・ジェルメッティのアシスタントとしてロンドン・コヴェントガーデン、ミュンヘン・フィル等に同行し研鑽を積む。これまでに指揮を高階正光、カール・エステルライヒャ、ウロシュ・ラーヨヴィッチ、湯浅勇治、カルロ・マリア・ジュリーニ、ヨルマ・パヌラ、ネーメ・ヤルヴィの各氏に師事。
2000年ミトロプーロス国際指揮者コンクール優勝。以降、ヴェニスのフェニーチェ歌劇場管弦楽団、サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団、オランダ放送管弦楽団、ウィーン室内管弦楽団、イギリス室内管弦楽団を始め、イタリアを中心にヨーロッパ各国のオーケストラへ客演。日本では2001年に大阪交響楽団を指揮してデビュー。
これまでに札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、九州交響楽団等を指揮している。
2004年1月大阪交響楽団正指揮者に就任。2011年4月以降は常任指揮として、2019年3月まで足かけ 15年間、ベートーヴェン以降シューベルト、ブラームス、マーラーからツェムリンスキー、シェーンベルク、フランツ・シュミット、コルンゴルトに至るウィーンゆかりのロマン派音楽を積極的にとりあげ続けた。とりわけ 2013年6月の第176回定期演奏会における「オール ハンス・ロット プログラム」は大きな反響を呼び、同年の大阪文化祭賞を受賞した。
三重県亀山市文化大使、同県伊賀市文化都市協会音楽アドヴァイザー。ウィーン在住。
杉原 裕美
当楽団OG。在学中、「早稲田大学交響楽団1989年ワールドツアー」において、ソリストとしてウェーバー / クラリネット協奏曲第1番を演奏し、その確かな技術に裏打ちされた豊かな音楽性を発揮して世界各地より絶賛された。
元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席クラリネット奏者カール・ライスター氏に師事。
本学卒業後は、現在に至るまで当楽団の音楽面におけるご指導をいただいた。2010年3月より当楽団音楽顧問。
曽我 大介

東京ニューシティ管弦楽団首席客演指揮者。桐朋学園大学、ブカレスト音楽大学、ウィーン音楽大学等で、B.ハイティンク、G.シノーポリ、I.ムーシン、U.ラーヨビッチ、小澤征爾、田中雅彦、I.ケプテア、森正の諸氏に学び、1989年ブカレスト音楽大学在学中にルーマニアでデビュー。
1993年ブザンソン・コンクール第1位、1998年コンドラシン・コンクール第1位を始めジュネーブ、トスカニーニ、プラハの春等の指揮者コンクールで上位入賞。以降日本はもとより、ヨーロッパ、南米を中心に世界各地のオーケストラに客演を重ねる一方、これまでにルーマニア国立放送交響楽団首席客演指揮者、大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)音楽監督を歴任。
特に日本で最も若い音楽監督として活躍した大阪シンフォニカー交響楽団在任中は「関西音楽界に新風を吹き込んだ」と高評価を得、同団初の海外公演を成功に導いた。2006年からブラジル・ロンドリーナ音楽祭首席指揮者、2009年4月から東京ニューシティ管弦楽団首席客演指揮者を務めている。
また海外に於ける国際交流に関わるイベントにも度々招待され、日本中国国交正常化30周年、日本・ルーマニア修交100周年、マケドニアにおける日本国ODA記念、ブラジル移民100周年、日本ドナウ交流年2009等のコンサートで指揮者として出演している。一方、イタリアを代表する指揮者コンクール、「ペデロッティ」コンクールを始め各地のコンクール審査員も務め、イタリア、ルーマニア、ブラジルの音楽祭や講習会で後進の指導にもあたっている。
近年は作曲家としても活躍。2011年はリオ・デ・ジャネイロのチェロ・フェスティバルで委嘱作が初演、また2012年1月にはブカレストで「ジョルジュ・エネスコ」フィルハーモニー交響楽団、合唱団により「リベラ・メ」が初演され、大成功を収めた。7月にはブラジル、ロンドリーナ音楽祭でも委嘱作の初演が予定されている。
昨年は東日本大震災復興支援のための『“Kibou”音楽プロジェクト』を国際的に展開、ルーマニア、オーストリア、アメリカ、ブラジルでキャンペーンが行われ、また日本では被災地の小学校への教育楽器の贈呈を行った。現在東京ニューシティ管弦楽団との「チャイコフスキー:悲愴交響曲・ロメオとジュリエット(原典版)」(DCCA-0024)及び新譜「カリンニコフ・交響曲第一番・第二番」(DCCA-0042)がデルタ・エンタテインメントよりリリース中。
当楽団1995年ワールド・ツアー、1998年ワールド・ツアー、2003年ヨーロッパ演奏旅行随行指揮者。
林 英哲

1952年広島県生まれ。
11年間のグループ活動後、82年日本で初めての太鼓独奏者として活動を開始。84年オーケストラ曲「交響的変容」(作曲:水野修孝)で、太鼓独奏者としては初めてカーネギー・ホールにデビュー。現代音楽の分野でも前例のない太鼓ソリストとして国際的に高い評価を得た。
以来、かつての日本の伝統にはなかったテクニックと体力を要する大太鼓のソロ奏法の創造、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など、ジャンルを超越した、まったくオリジナルな太鼓表現を築きあげている。
98年からは新たなステージとして、林英哲自身が刺激を受けた芸術家の作品や生き方をテーマに太鼓ドラマともいうべき劇的舞台作品を創作、コンサートツアーもスタート。「万零」(マン・レイ)、「若冲の翼」(伊藤若冲)、「光を蒔く人」(高島野十郎)、「澪の蓮」(浅川巧)、そして「レオナールわれに羽賜べ」(藤田嗣治)と全国各地で公演、国内はもとより海外でも評判を得る。
13年は第6弾となる「迷宮の鼓美術少年」(横尾忠則)を発表し、2014年新春ツアーも行った。
00年ドイツ・ワルトビューネでベルリン・フィルと共演、「飛天遊」(作曲:松下功)を演奏し2万人を超える聴衆を圧倒させた。07年ソロ活動25周年記念コンサートを岩村力指揮による全曲太鼓協奏曲で企画・構成初演、絶賛を博す。近年は和・洋器楽奏者や伝統芸能の歌舞伎役者、日本舞踊家やプリンシバルなど、気鋭の若手との共演も多く、ダンス、舞踏、アート・パフォーマンスとのコラボレーションなど、ジャンルを超えた世界のアーティストとも意欲的に交流。
日本から世界に向けて発信する新しい「太鼓音楽」の創造に取り組み魅力を提示し続け、国内外でますます活躍のフィールドを広げている。
現在は演奏活動の他、イベント等でのプロデューサー、映画、演劇、CM、創作太鼓のための委嘱作品などの作曲、指導。CD、DVD、ビデオ多数。
著書に「あしたの太鼓打ちへ」の第2弾として、2012年待望の書き下ろし自伝「太鼓日月〜独走の軌跡」を講談社より発売。
H26年度海外滞在型「文化交流使」に文化庁より任命される。洗足学園音楽大学の客員教授、東京藝術大学、筑波大学大学院で特別講師。
97年第47回芸術選奨文部大臣賞、01年第8回日本文化藝術振興賞
英哲風雲の会
日本各地で活躍する若手太鼓奏者の中から、林英哲の音楽に共鳴する実力者が揃う太鼓ユニット。1995年、林英哲作曲の大太鼓合奏曲『七星』の演奏のために結成。その後、林英哲コンサートのアンサンブルメンバーとして活動する他、独自の演奏活動も行う、いずれも次世代を担う俊英たちである。
2007年は林英哲ソロ活動25周年記念公演でオーケストラとの共演を果たし、その後もドイツをはじめ海外でも林英哲と共にオーケストラと共演している。2012年9月には国立劇場主催『日本の太鼓』公演で、林英哲監修の元、『光の群像』と題しメンバー創作曲中心でトリを務めるなど、「英哲風雲の会」単独で国内外の公演を行ない活動の場を広げ、その圧倒的な迫力とライブパフォーマンスは大反響を呼んでいる。



