EN DE
BUY TICKET ONLINEチケットのご購入はこちら
コンサート会員様ログイン 団員ログイン

History & Members

歴史・人物

SCROLL

楽団史

1913年
創立。
1927年
モーツァルト作曲 交響曲第35番「ハフナー」本邦初演。
1957年
早稲田大学創立75年・記念会堂開堂記念祝典演奏会(第1回早稲田大学フロイデハルモニー演奏会)を行なう。
1975年
ショスターコヴィッチ作曲 交響曲第13番「バービィ・ヤール」本邦初演。
1978年
ベルリン・カラヤン財団主催の第5回国際青少年オーケストラ大会(通称カラヤン・コンクール)優勝。小澤征爾氏の指揮による「オーケストラがやってきた」テレビ収録。
1979年
早稲田大学よりカラヤンコンクール優勝の功績に対して、小野梓記念芸術賞受賞。フランス・スイス演奏旅行、フランス・エヴィアン音楽祭に参加、アレクシス・ワイセンベルク氏(ピアノ)と共演。早稲田大学による故ヘルベルト・フォン・カラヤン氏への名誉博士号贈呈式の際、カラヤン氏自らの指揮でリハーサルを行う。
1982年
西ドイツ(当時)演奏旅行、ベルリン、ケルンなど15都市にて公演、武満徹作曲「遠い呼び声の彼方へ!」ヨーロッパ初演。早稲田大学創立100周年記念演奏会にて武満徹作曲「オーケストラのための<星・島(スター・アイル)>」(早稲田大学創立100周年記念委嘱作品)を故岩城宏之氏の指揮で世界初演、同じくマーラー作曲 交響曲第8番「一千人の交響曲」をアマチュア初演。
1984年
楽団創立70周年を記念して大友直人氏指揮による九州特別公演を行う。レナード・スラトキン氏による公開練習。
1985年
故ズデニェク・コシュラー氏(当時プラハ国民劇場音楽監督)の指揮によるスメタナ作曲 連作交響詩「わが祖国」全曲演奏。ハーバード・ラドクリフ交響楽団とのジョイントコンサート。第1回「東京の夏」音楽祭にて、安永 徹氏(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第1コンサートマスター)他と共演。モーリス・パート作曲「交響曲第一番」の世界初演を含む第123回定期演奏会の模様を、イギリスBBC放送がラジオ放送。
1986年
ヨーロッパ演奏旅行、5ヶ国20都市で公演を行う(フランス・東西ドイツ(当時)・チェコスロバキア(当時)・オーストリア)。ベルリン・フィルハーモニーにて、ドイチェ・グラモフォン社によるレコーディング。自由ベルリン放送によるテレビ収録。サントリーホール・オープニングシリーズにおいて指揮者に元英国首相エドワード・ヒース氏を迎え、オットマール・ボルヴィツキー氏(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団首席ソロチェロ奏者)と共演。
1987年
3月25日に、ヨーロッパ演奏旅行の功績により、早稲田大学より小野梓記念芸術賞を再受賞。故岩城 宏之氏の指揮によるメシアン作曲「トゥランガリラ交響曲」アマチュア世界初演。
1988年
山下一史氏の指揮による石井眞木作曲「日本太鼓とオーケストラのためのモノプリズム」アマチュア世界初演。「1989年ワールド・ツアー」のフィリピン公演においてアキノ大統領(当時)のご臨席を賜る。マニラ国営放送による全国録画放送。
1989年
「1989年ワールド・ツアー」において10ヶ国で公演を行う(フィリピン、フランス、東西ドイツ(当時)、オランダ、オーストリア、スイス、イギリス、アメリカ、日本)。安永 徹、オットマール・ボルヴィツキー、ジョン・ブラウニング、イザベル・ファン・クーレンの各氏と共演。ベルリンにて自由ベルリン放送によるテレビ収録。ハノーヴァーにて、北ドイツ放送によるラジオ収録。
1990年
第143回定期演奏会にて皇太子殿下のご臨席を賜る。
1992年
1992年世界演奏旅行、世界7ヶ国16都市で公演を行う(ドイツ、オーストリア、スイス、スペイン、ポルトガル、アメリカ、日本)ユージン・イストミン氏(ピアノ)、ハンスイェルク・シェレンベルガー氏(当時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ソロオーボエ奏者)と共演。「1992年世界演奏旅行」の東京公演において三笠宮寛仁親王同妃両殿下のご臨席を賜る。
1995年
「1995年ワールド・ツアー」において、世界4ヶ国13都市で公演を行う(ドイツ、オーストリア、アメリカ、日本)。ルードヴィヒ・クァント氏(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第一ソロチェロ奏者)、ミッシャ・ディヒター氏と共演。第23回フロイデハルモニー演奏会「最後の第九」を行う。
1996年
日蘭学生友情コンサートにおいてオランダ、ナイメーヘン大学オーケストラと共演。ゲルト・ザイフェルト氏(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団第1ソロホルン奏者)によるホルンパートのレッスンを受ける。
1997年
第159・160回定期演奏会にてゲルト・ザイフェルト氏、ライナー・クスマウル氏(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団第一ソロコンサートマスター)、ウォルフラム・クリスト氏(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団第一ソロヴィオラ奏者)、ゲオルグ・ファウスト氏(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団第一ソロチェロ奏者)と共演。
1998年
「1998年ワールドツアー」において、7ヶ国18都市で20公演を行う(フィリピン、マレーシア、シンガポール、スペイン、ドイツ、アメリカ、日本)。ウォルフラム・クリスト氏、ペーター・ブルンス氏(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団第1チェロコンサートマスター、バイロイト祝祭管弦楽団第1ソロ・チェリスト)、ラルフ・キルシュバウム氏と共演。「1998年ワールドツアー」(フィリピン公演)において秋篠宮文仁親王同妃殿下のご臨席を賜る。
2000年
第165回定期演奏会にて、三枝成彰氏作曲による委嘱作品「太鼓について」<太鼓協奏曲>の世界初演を行う。故野村万之丞氏、和太鼓一路と共演。政府が主催する行事「ドイツにおける日本年」の一環として「2000年ドイツ演奏旅行」を行い、8都市で8公演を行う(ロストック、ホイヤースヴェルダ、ケムニッツ、ドレスデン、ビーレフェルト、ハレ、ヴィッテンベルク、ベルリン)。ベルリンにて日本放送協会によるテレビ収録。
2003年
カラヤンコンクール優勝25周年を記念して、「2003年ヨーロッパ公演」を「カラヤン・メモリアル」として行い、3ヶ国11都市で12公演を行う(オーバーハウゼン、ヴィースバーデン、バンベルク、ライプツィヒ、フランクフルト・オーデル、ベルリン、フランクフルト・マイン、ザルツブルグ、ウィーン、白石、東京)。
2006年
「2006年ヨーロッパ公演」において、計4ヶ国11都市にて12公演を行う(オーバーハウゼン、フランクフルト、マンハイム、ザルツブルク、ウィーン、ベルリン、ドレスデン、ライプツィヒ、アーヘン、パリ、東京)。ヴィクトール・エマニュエル・フォン・モンテトン氏(ピアノ)と共演。
2007年
LA FOLLE JOURNEE au JAPON「熱狂の日」音楽祭2007に出演。早稲田大学創立125周年記念式典において、菅野由弘氏作曲による委嘱作品「西北の潮流」の世界初演を行う。また、早稲田大学創立125周年記念演奏会において、ベートーヴェン作曲交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125を学内の合唱団350名と共演。
2008年
「ウィーンリング・アンサンブルと早稲田大学交響楽団による公開リハーサル」において、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のメンバーと共演。第185回定期演奏会において、若林顕氏(ピアノ)と共演。カラヤン生誕100年記念演奏会において、ガブリエル・シュワーベ氏(チェロ)と共演。
2009年
「2009年ヨーロッパ公演」において、計4ヶ国12都市にて13公演を行う(ヴィースバーデン、フライブルク、ザルツブルク、ウィーン、ライプツィヒ、フランクフルト・オーデル、ベルリン、ドレスデン、オーバーハウゼン、ボン、パリ、東京)。ヴィルヘルム・オーメン氏(ピアノ)、ガブリエル・シュワーベ氏(チェロ)と共演。
2010年
第12回海外公演「2009年ヨーロッパ公演」ベルリン・フィルハーモニーにおける公演を収めたCDがユニバーサル・ミュージックより発売。
2011年
第190回定期演奏会がドリームライフチャンネル on USTREAMより動画配信される。第192回定期演奏会において、シュテファン・ドール氏(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 首席ホルン奏者)と共演。
2012年
第13回海外公演「ヨーロッパツアー2012」において、計3ヶ国13都市にて公演を行う(フランクフルト、ライプツィヒ、バイロイト、ザルツブルク、クラーゲンフルト、ウィーン、ミュンヘン、ニュルンベルク、ホイヤースヴェルダ、ベルリン、オーバーハウゼン、ヴィースバーデン、東京)。「早稲田大学交響楽団創立100周年記念演奏会」(全5回)を開催。第5回創立100周年記念演奏会において、ミクローシュ・ペレーニ氏(チェロ)と共演。
2013年
創立100周年を迎える。第13回海外公演「ヨーロッパツアー2012」ベルリン・フィルハーモニーにおける公演を収めたCDがユニバーサル・ミュージックより発売。サイモン・ラトル氏(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 首席指揮者・芸術監督)の指揮でリハーサルを行う。
2015年
第14回海外公演「ヨーロッパツアー2015」において、計4ヶ国14都市にて公演を行う(フランクフルト、バイロイト、ニュルンベルク、ザルツブルク、ウィーン、ミュンヘン、ドレスデン、ベルリン、ライプツィヒ、オーバーハウゼン、ケルン、ヴィースバーデン、パリ、東京)。冬季特別演奏会において、ミクローシュ・ペレーニ氏(チェロ)と共演。
2016年
第10回 練馬稲門会 New Year’s Concert 2016において、シュテファン・ドール氏(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 首席ホルン奏者)と共演。第14回海外公演「ヨーロッパツアー2015」ベルリン・フィルハーモニーにおける公演を収めたCDがユニバーサル・ミュージックより発売。
2018年
第15回海外公演「ヨーロッパツアー2018」において、計2ヶ国12都市にて公演を行う(オーバーハウゼン、ボン、フランクフルト、ザルツブルク、ウィーン、ハンブルク、ベルリン、バイロイト、ニュルンベルク、ミュンヘン、フライブルク、ヴィースバーデン、東京)。
2023年
大阪のザ・シンフォニーホールにて、「早稲田大学交響楽団 110周年記念大阪特別公演」を行う。大阪での公演は、約100年ぶり。
2024年
6年振りに行った第16回海外公演「ヨーロッパツアー2024」において、計2ヶ国9都市にて公演を行う(オーバーハウゼン、バートホンブルク、ルートヴィヒスハーフェン、フライブルク、シュトゥットガルト、ミュンヘン、ウィーン、エッセン、ベルリン)。

人物紹介

山岡 重信

当楽団OB。元ニュー・フィルハーモニー千葉常任指揮者、日本大学芸術学部研究所教授。学生指揮者、常任指揮者、音楽監督として1980年に退任されるまでほぼ30年の長きにわたり指導的な役割を担われ、当楽団の発展に大きく寄与されました。2022年6月20日に91歳でご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

大友 直人

©kaburagi-amanagroup
©kaburagi-amanagroup

海外のオーケストラにも客演。コロラド交響楽団、インディアナポリス交響楽団、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団などに招かれ、欧米での活躍にも大きな期待が寄せられている。また、2001年7月に、フィルハーモニア管弦楽団の日本ツアーで同団を指揮、2012年にはハワイ交響楽団のオープニングコンサートを指揮し、絶賛を博した。

数多くのソリストと共演しており、例えばヴァイオリンのG.シャハム、A.デュメイ、F.P.ツィンマーマン、J.ベル、J-J.カントロフ、S.ミンツ、ヴィオラのG.コセ、Y.バシュメット、チェロのM.ブルネロ、D.ゲリンガス、ピアノのR.ルプー、A.ワッツ、B.L.ゲルバー、I.モラヴェッツ、J.-Y.ティボーデ、C.カツァリス、J.-F.コラール、C.オルティーズ、H.グリモーらがいる。J.カレーラスのサポートでも絶賛を博した。常に多くのアーティストから再び共演を請われている。

オペラにも力を入れており、1988年、日生劇場における《魔弾の射手》でのオペラデビュー以来、《オルフェオとエウリディーチェ》《リゴレット》《魔笛》《忠臣蔵》などを指揮し、高く評価されている。

2006年には、2月に新国立劇場でのオペラ《愛怨》(作曲:三木稔、台本:瀬戸内寂聴)を東響と共演で指揮、6月に東響と京響の合同演奏で、東京・京都の両都市でシェーンベルク:「グレの歌」を指揮。また、2006年7月イタリアで開かれたプッチーニ音楽祭では三枝成彰作曲オペラ《Jr.バタフライ》を指揮し、大いに注目を集めた。

また、東響定期演奏会で黛敏郎《古事記》エルガー《神の国》《使徒たち》《ゲロンティアスの夢》を指揮、2011年の東京文化会館50周年記念フェスティバル記念オペラでは、黛敏郎《古事記》の日本初の舞台上演をし、大きな話題を呼ぶとともに、高く評価された。

レパートリーは幅広く古典から現代音楽に及び、20歳の時の初レコーディング以来数多くのCDがリリースされている。最新CDは東京交響楽団との共演で『佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」』が日本コロムビアよりリリース、大きな話題となった。

クラシックと他のジャンルとのコラボレーションによる新たな音楽シーンを発信している。クラシック専用ホールである東京文化会館でポピュラー・コンサートをプロデュースしたり、既成のジャンルや表現形式に捉われない新しい形の舞台芸術をプロデュースするなど、音楽プロデューサーとしても新しい音楽シーンを牽引している。

近年では教育的活動にも力を注ぎ、「こども定期演奏会(東京交響楽団)」を行うほか、国際音楽セミナー「ミュージック・マスターズ・コース・ジャパン」を盟友である指揮者A.ギルバートと毎年開催するなど、活発な活動を行っている。

第8回渡邊暁雄音楽基金音楽賞(2000年)、第7回齋藤秀雄メモリアル基金賞(2008年)を受賞。

当楽団1982年ドイツ演奏旅行および1986年ヨーロッパ演奏旅行随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。

高関 健

©MasahideSato
©MasahideSato

桐朋学園大学在学中の1977年にカラヤン指揮者コンクールジャパンで優勝。翌年同大学卒業後、ベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミーに留学、1985年までヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務めた。

1981年タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタイン、小澤征爾らに指導を受け、同年ベルゲン交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。

1983年ニコライ・マルコ記念国際指揮者コンクール第2位。1984年ハンス・スワロフスキー国際指揮者コンクール優勝を経て、1985年1月に日本フィル定期演奏会で日本デビュー。1991年にはN響定期公演に出演して絶賛を博し、1994年“プラハの春国際音楽祭”“ウィーン芸術週間”を含む群馬響ヨーロッパ公演を成功に導いた。

日本のオーケストラはもとより、ウィーン響、オスロ・フィル、デンマーク国立放送響、ベルリン・ドイツ響、クラングフォーラム・ウィーン、プラハ放送響、ケルン放送響などに客演。

広島響音楽監督・常任指揮者(1986~1990年)、新日本フィル正指揮者(1994~2000年)、大阪センチュリー響常任指揮者(1997~2003年)、群馬響音楽監督(1993年1月~2008年3月)、札幌交響楽団正指揮者(2003年~2012年3月)などを歴任。

2009年11月にはピエール・ブーレーズの京都賞受賞記念ワークショップに出演、ブーレーズ氏からもその演奏を絶賛され、また2010年12月には小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラのニューヨーク公演「ブリテン:戦争レクイエム」 で小澤氏をサポート、その熱演を支えた。

オペラにも精通し、2011年2月には新国立劇場オペラ公演「夕鶴」を指揮。

渡邉曉雄音楽基金音楽賞(1996年)、齋藤秀雄メモリアル基金賞(2011年)を受賞。

東京芸術大学音楽学部指揮科招聘教授。

当楽団1986年ヨーロッパ演奏旅行、1989年ワールド・ツアー、1992年世界演奏旅行随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。

山下 一史

©K.Miura
©K.Miura

984年桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学、86年デンマークで開かれたニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで優勝。

85年12月からカラヤンの亡くなるまで彼のアシスタントを務め、以後、デンマーク放送交響楽団などを指揮、着実にヨーロッパでの実績を重ね、93年から98年までヘルシンボリ交響楽団(スウェーデン)の首席客演指揮者を務めた。

日本国内では88年NHK交響楽団を指揮してデビューを飾り、以後、国内の主要オーケストラに定期的に出演し、好評を得ている。オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクター(91年~93年)、九州交響楽団の常任指揮者(96年~99年)を歴任。

また、大阪音大ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団常任指揮者(02年~08年)を務め、2005年秋には、新国立劇場より松村禎三《沈黙》公演が招待され、東京の音楽界にも衝撃を与えた。2008年4月より同団名誉指揮者就任。

2006年4月からは仙台フィルハーモニー管弦楽団より指揮者として迎えられ、R.シュトラウス「英雄の生涯」、リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」、シューマン:交響曲第2番・交響曲第4番などのCD制作も行うなど積極的な活動を展開、2009年4月からは同団の正指揮者に就任。

2008年9月に行われた愛知県文化振興財団主催によるヴェルディ「ファルスタッフ」の公演においても大きな成果を上げ、「第17回三菱UFJ信託音楽賞」を受賞、2009年4月にはサンクトペテルブルク交響楽団定期に出演し、大成功を収めた。また、2011年2月にはシューマン「ゲノフェーファ」日本舞台初演を行うなど、現在、オペラ、オーケストラの両面において着実な成果を積み上げている指揮者として、ますます注目を浴びている。

当楽団1989年ワールドツアー、2009年ヨーロッパ公演、ヨーロッパツアー2012随行指揮者。1990年より当楽団名誉指揮者。

寺岡 清高

©飯島 隆
©飯島 隆

早稲田大学第一文学部卒業。桐朋学園大学を経て、ウィーン国立音楽大学、イタリア・シエナのキジアーナ音楽院で学ぶ。

1997年同音楽院より「フランコ・フェラーラ大賞」を授与され、1年間ジャンルイジ・ジェルメッティのアシスタントとしてロンドン・コヴェントガーデン、ミュンヘン・フィル等に同行し研鑽を積む。これまでに指揮を高階正光、カール・エステルライヒャ、ウロシュ・ラーヨヴィッチ、湯浅勇治、カルロ・マリア・ジュリーニ、ヨルマ・パヌラ、ネーメ・ヤルヴィの各氏に師事。

2000年ミトロプーロス国際指揮者コンクール優勝。以降、ヴェニスのフェニーチェ歌劇場管弦楽団、サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団、オランダ放送管弦楽団、ウィーン室内管弦楽団、イギリス室内管弦楽団を始め、イタリアを中心にヨーロッパ各国のオーケストラへ客演。日本では2001年に大阪交響楽団を指揮してデビュー。

これまでに札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、九州交響楽団等を指揮している。

2004年1月大阪交響楽団正指揮者に就任。2011年4月以降は常任指揮として、2019年3月まで足かけ 15年間、ベートーヴェン以降シューベルト、ブラームス、マーラーからツェムリンスキー、シェーンベルク、フランツ・シュミット、コルンゴルトに至るウィーンゆかりのロマン派音楽を積極的にとりあげ続けた。とりわけ 2013年6月の第176回定期演奏会における「オール ハンス・ロット プログラム」は大きな反響を呼び、同年の大阪文化祭賞を受賞した。

三重県亀山市文化大使、同県伊賀市文化都市協会音楽アドヴァイザー。ウィーン在住。

杉原 裕美

当楽団OG。在学中、「早稲田大学交響楽団1989年ワールドツアー」において、ソリストとしてウェーバー / クラリネット協奏曲第1番を演奏し、その確かな技術に裏打ちされた豊かな音楽性を発揮して世界各地より絶賛された。

元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席クラリネット奏者カール・ライスター氏に師事。

本学卒業後は、現在に至るまで当楽団の音楽面におけるご指導をいただいた。2010年3月より当楽団音楽顧問。

曽我 大介

曽我 大介
曽我 大介

東京ニューシティ管弦楽団首席客演指揮者。桐朋学園大学、ブカレスト音楽大学、ウィーン音楽大学等で、B.ハイティンク、G.シノーポリ、I.ムーシン、U.ラーヨビッチ、小澤征爾、田中雅彦、I.ケプテア、森正の諸氏に学び、1989年ブカレスト音楽大学在学中にルーマニアでデビュー。

1993年ブザンソン・コンクール第1位、1998年コンドラシン・コンクール第1位を始めジュネーブ、トスカニーニ、プラハの春等の指揮者コンクールで上位入賞。以降日本はもとより、ヨーロッパ、南米を中心に世界各地のオーケストラに客演を重ねる一方、これまでにルーマニア国立放送交響楽団首席客演指揮者、大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)音楽監督を歴任。

特に日本で最も若い音楽監督として活躍した大阪シンフォニカー交響楽団在任中は「関西音楽界に新風を吹き込んだ」と高評価を得、同団初の海外公演を成功に導いた。2006年からブラジル・ロンドリーナ音楽祭首席指揮者、2009年4月から東京ニューシティ管弦楽団首席客演指揮者を務めている。

また海外に於ける国際交流に関わるイベントにも度々招待され、日本中国国交正常化30周年、日本・ルーマニア修交100周年、マケドニアにおける日本国ODA記念、ブラジル移民100周年、日本ドナウ交流年2009等のコンサートで指揮者として出演している。一方、イタリアを代表する指揮者コンクール、「ペデロッティ」コンクールを始め各地のコンクール審査員も務め、イタリア、ルーマニア、ブラジルの音楽祭や講習会で後進の指導にもあたっている。

近年は作曲家としても活躍。2011年はリオ・デ・ジャネイロのチェロ・フェスティバルで委嘱作が初演、また2012年1月にはブカレストで「ジョルジュ・エネスコ」フィルハーモニー交響楽団、合唱団により「リベラ・メ」が初演され、大成功を収めた。7月にはブラジル、ロンドリーナ音楽祭でも委嘱作の初演が予定されている。

昨年は東日本大震災復興支援のための『“Kibou”音楽プロジェクト』を国際的に展開、ルーマニア、オーストリア、アメリカ、ブラジルでキャンペーンが行われ、また日本では被災地の小学校への教育楽器の贈呈を行った。現在東京ニューシティ管弦楽団との「チャイコフスキー:悲愴交響曲・ロメオとジュリエット(原典版)」(DCCA-0024)及び新譜「カリンニコフ・交響曲第一番・第二番」(DCCA-0042)がデルタ・エンタテインメントよりリリース中。

当楽団1995年ワールド・ツアー、1998年ワールド・ツアー、2003年ヨーロッパ演奏旅行随行指揮者。

林 英哲

©M.Yominaga
©M.Yominaga

1952年広島県生まれ。

11年間のグループ活動後、82年日本で初めての太鼓独奏者として活動を開始。84年オーケストラ曲「交響的変容」(作曲:水野修孝)で、太鼓独奏者としては初めてカーネギー・ホールにデビュー。現代音楽の分野でも前例のない太鼓ソリストとして国際的に高い評価を得た。

以来、かつての日本の伝統にはなかったテクニックと体力を要する大太鼓のソロ奏法の創造、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など、ジャンルを超越した、まったくオリジナルな太鼓表現を築きあげている。

98年からは新たなステージとして、林英哲自身が刺激を受けた芸術家の作品や生き方をテーマに太鼓ドラマともいうべき劇的舞台作品を創作、コンサートツアーもスタート。「万零」(マン・レイ)、「若冲の翼」(伊藤若冲)、「光を蒔く人」(高島野十郎)、「澪の蓮」(浅川巧)、そして「レオナールわれに羽賜べ」(藤田嗣治)と全国各地で公演、国内はもとより海外でも評判を得る。

13年は第6弾となる「迷宮の鼓美術少年」(横尾忠則)を発表し、2014年新春ツアーも行った。

00年ドイツ・ワルトビューネでベルリン・フィルと共演、「飛天遊」(作曲:松下功)を演奏し2万人を超える聴衆を圧倒させた。07年ソロ活動25周年記念コンサートを岩村力指揮による全曲太鼓協奏曲で企画・構成初演、絶賛を博す。近年は和・洋器楽奏者や伝統芸能の歌舞伎役者、日本舞踊家やプリンシバルなど、気鋭の若手との共演も多く、ダンス、舞踏、アート・パフォーマンスとのコラボレーションなど、ジャンルを超えた世界のアーティストとも意欲的に交流。

日本から世界に向けて発信する新しい「太鼓音楽」の創造に取り組み魅力を提示し続け、国内外でますます活躍のフィールドを広げている。

現在は演奏活動の他、イベント等でのプロデューサー、映画、演劇、CM、創作太鼓のための委嘱作品などの作曲、指導。CD、DVD、ビデオ多数。

著書に「あしたの太鼓打ちへ」の第2弾として、2012年待望の書き下ろし自伝「太鼓日月〜独走の軌跡」を講談社より発売。

H26年度海外滞在型「文化交流使」に文化庁より任命される。洗足学園音楽大学の客員教授、東京藝術大学、筑波大学大学院で特別講師。

97年第47回芸術選奨文部大臣賞、01年第8回日本文化藝術振興賞

英哲風雲の会

日本各地で活躍する若手太鼓奏者の中から、林英哲の音楽に共鳴する実力者が揃う太鼓ユニット。1995年、林英哲作曲の大太鼓合奏曲『七星』の演奏のために結成。その後、林英哲コンサートのアンサンブルメンバーとして活動する他、独自の演奏活動も行う、いずれも次世代を担う俊英たちである。

2007年は林英哲ソロ活動25周年記念公演でオーケストラとの共演を果たし、その後もドイツをはじめ海外でも林英哲と共にオーケストラと共演している。2012年9月には国立劇場主催『日本の太鼓』公演で、林英哲監修の元、『光の群像』と題しメンバー創作曲中心でトリを務めるなど、「英哲風雲の会」単独で国内外の公演を行ない活動の場を広げ、その圧倒的な迫力とライブパフォーマンスは大反響を呼んでいる。